人材育成

企業が教育機関へ直接ノウハウ提供、産学官連携によるロボット人材育成を推進する「CHERSI」とは

近年、少子高齢化に伴う労働人口減少を背景とした、企業における省人化ニーズや生産性向上への対応、さらにはコロナ禍に伴う三密回避のため、ロボット導入による省人化/無人化/自動化が急務となっています。

一方、ロボットは従来から自動車産業や電機・電子産業を中心に導入が進んできましたが、三品産業(食品・医薬品・化粧品等)や中小企業においては業務効率化やコスト削減、人手不足問題解消等のため潜在的なニーズは高いものの、多品種少量生産へのロボット適用の限界やロボットを導入・運用するユーザー企業側にロボット利活用人材が少なく導入が進んでいないという課題があります。

今回は、こうした背景を受けて、中長期的にロボット人材育成の推進を目指し「教育機関から産業界に対するニーズ」と「産業界の有するシーズ」のマッチングを担う「未来ロボティクスエンジニア育成協議会(The Consortium of Human Education for Future Robot System Integration、略称:CHERSI(チェルシー))」の尾島氏にお話を伺いました。

そもそも、なぜ今ロボット人材の育成が必要なのか

ロボット人材育成の必要性について、尾島氏に<日本全体><産業界><教育界>の三つの視点でお話しいただきました。

  • 日本全体の視点
    日本が目指すべき未来社会の姿としてサイバー空間とフィジカル空間を融合させたシステムにより、人間中心の社会構築を図る Society5.0が提唱されています。Smart Factoryのモノづくり現場においても、ロボットやセンサ、IoT、AIを適用してSociety5.0を実現可能な人材育成が急務となっています。さらに、1990年代には9割を占めていた世界における日本製ロボットのシェアが近年5割前後と低下してきており、日本が引き続きロボット大国であり続けるためには、優秀な人材の育成・輩出が必要となっています。ロボットによる社会変革推進会議出典:ロボットによる社会変革推進会議「ロボットを取り巻く環境変化と今後の施策の方向性」P1より
  • 産業界の視点
    産業界では、少子高齢化に伴う労働人口減少、生産現場における省人化ニーズや生産性向上への対応、さらにはコロナ禍に伴う三密回避のため、生産現場におけるロボット導入が必須となっています。そのような中、最先端の技術を適用したロボットを開発する人材や、生産現場においてロボットを適用して新たなロボットアプリケーションを創出し、生産現場の自動化・DX化を推進できるロボットシステムインテグレータの人材育成が急務となっています。
  • 教育界の視点
    ロボットは、機械、電気、ソフトウェア、情報等幅広い技術が必要とされている上に、産業界で急速に実用化されるAIやIoTに関する最新技術を教員がキャッチアップする必要がある一方、教員は最新技術を習得する機会が限定されるという課題感があります。そのため企業エンジニアとの交流を通じて最新技術を習得して、教育現場の学生へ展開することが重要です。

ロボット人材育成を目指し、企業と学校の連携体制を実現した「CHERSI」とは

2019年7月、内閣府、厚生労働省、文部科学省、経済産業省により合同で開催された「ロボットによる社会変革推進会議」の取り纏め(ロボットによる社会変革推進計画※1)では、「日本の英知を結集したエコシステム構築を通じて、中長期的にロボット人材育成を推進すること」の重要性が打ち出され、当該政策を受け、「CHERSI(チェルシー)」が「ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会」(通称RRI)に設立されました。

RRI組織体制

(図1:RRI組織体制「提供元:未来ロボティクスエンジニア育成協議会」)

「CHERSI」では主に、企業と学校の連携体制を構築し人材育成を推進しています。産業界からロボットメーカー8社とSIer協会が参画し、教育機関等からは、国立高等専門学校機構、全国公立高等専門学校協会、全国工業高等学校校長協会、高齢・障害・求職者雇用支援機構、が参画しています。現在は教育機関等への支援を主に取り組みを進めており、具体的に?場?学、教員や学?の企業での研修(勉強会、インターンシップ、ロボットスクールなど)、出前授業、教育設備の提供などがあり、現在は希望する学校に対して活動しています。

CHERSI事業内容
(図2:CHERSI事業内容「提供元:未来ロボティクスエンジニア育成協議会」)

尾島氏は、企業と学校の連携体制を実現するための重要ポイントは二つあると話します。

①教員研修に関しては、企業から教育機関への一方向の研修にとどまらず、教育機関が有する教育スキルを企業のエンジニアなどへ展開する双方向の取り組みが重要。

②学生への出前授業は、CHERSIで仲介に入り事前に企業と教員が会話する場を設定することで、学生が習得している技術内容やレベルを確認し、それに沿った最適な研修を実施することが重要。

尾島氏は、さらに連携の輪を広げていくために重要なポイントとして、「従来、地域ごとで実施していた点の人材育成を体系的に全国的に広げることで、点から線、さらには面での連携を行うことです。」と話しました。

幅広くロボットに興味を持つ学生を増やすための3つのステップ

CHERSIミッションは、「幅広くロボットに興味を持つ学生を増やすことで、最新のロボティクスの学びを得た学生を社会へ輩出する」こと。高専、工業高校、高齢・障害・求職者雇用支援機構を対象に、ロボット開発人材やロボットシステムインテグレータ(ロボットSIer)、ロボット利活用人材の育成を目指し、達成のために3つのステップで活動しています。

人財育成イメージとCHERSIの役割
(図3:?財育成イメージとCHERSIの役割「提供元:未来ロボティクスエンジニア育成協議会」)

第1ステップ:教員と企業エンジニアとの定期的な情報交換の機会づくり
教員の工場見学や企業エンジニアによる教員への授業、両者の意見交換の場を設定し、情報交換を通じて得られたロボットの最新技術動向等の知見を授業へ取り入れ、学生へ展開していくことを目指しています。

第2ステップ:学生が直接体験する場の設定
企業エンジニアが学校へ赴き直接学生へ伝える出前授業や、学生がロボットメーカーを訪問し、ロボット工場見学、ロボットスクールにおけるロボットやシミュレータの操作実習等、実体験を通して深く広く学ぶことを目指しています。

第3ステップ:継続のための取り組み
カリキュラム開発や教材開発を行い、学校教育の中に継続的にロボット関連の授業を取り入れること、社会実装に向けた教育機会、企業と共同で活動する場づくりを実施します。

尾島氏は、「現在は、機械・電気電子・情報系の学生に対しての取り組みが多いが、今後は建築や化学など他分野の学生へ広げていきたい」と話します。

企業の技術やノウハウを学校教育へ

企業の技術やノウハウを学校教育へ伝えていくため、2022年までに高専及び工業高校向けに、具体的に下記5つの活動が行われました。

<高専向けの活動>
活動①:企業エンジニアによる学生への出前授業

 2020年 (オンライン実施)
実施企業:川崎重工業(株)、三菱電機(株)、(株)安川電機
テーマ:人協働ロボット、ロボットの最新技術動向、ロボット活用に関するグループ討議など

 2021年 (オンライン実施)
実施企業:川崎重工業(株)、ファナック(株)、SIer協会(三明機工(株))
テーマ:ロボットの最新技術動向、ロボットシミュレータ、システムインテグレータとは、
フロントローディングなど

 2022年(リアル、オンライン実施予定)
実施企業:(株)ジャノメ、(株)安川電機、(株)デンソーウェーブ

活動②:企業エンジニアによる教員研修

 2020年(オンライン実施)
実施企業:ファナック(株)、(株)デンソーウェーブ
テーマ:ロボット最新技術動向、ロボットメーカ―・SIerの業務、必要な教育 など

 2021年(オンライン実施)
実施企業:平田機工(株)、(株)不二越
テーマ:会社発展を支えた技術、ロボット活用・ロボットシステムについて など

 2022年(リアル・オンラインのハイブリッド実施)
実施企業:(株)デンソーウェーブ
テーマ:ROS(Robot Operating System)について

活動③:電気電子/機械系の学生向け動画コンテンツ提供
教員が授業で活用するための動画(ロボットに関係する仕事を目指している学生に対しての進路選択の参考となるもの)と、近年目覚ましい発展を遂げているIoTやAIのロボットへの適用事例、さらにはロボットハンド事例や最先端技術動画など含め、大きく2つのカテゴリ構成で学校に提供しています。

(1)進路選択の参考となる2つの動画

内容:産業用ロボットやサービスロボットを開発するロボットメーカーなどで活躍するロボット設計者とロボットSIerのようなロボット活用人材の具体的な仕事のイメージが持てる内容。

さらに、ロボット開発者やロボット利活用人材に必要なスキルやそれぞれの企業における若手エンジニアの仕事の紹介、学生時代にやっておいた方が良い事のアドバイス等のインタビューの内容も盛り込んでいます。

(2)IoT/AIなど3つの最先端技術動画

内容: IoTからつながるDXやデジタルツイン、2Dや3DビジョンとAIを適用した画像認識、さらに最新のロボットハンドを適用したロボット搬送システム など学生が興味を持っていると思われるテーマの内容。

活動④:ロボットメーカーが実施するスクールへの参加
2022年度よりコロナも落ち着いてきたことより、対面のロボットスクールを実施しています。2022年9月に北九州高専の学生、教員10名が(株)安川電機のロボットスクールを受講。また2022年11月以降は、東京高専の学生が(株)ジャノメのロボットスクールを受講予定しています。

<工業高校向けの活動>
活動⑤:教員向けの夏期講習
教員が2日間企業に訪問し、座学を1日、産業用ロボット体験を1日実施しています。

2021年 川崎重工業(株)(オンライン実施)
2022年 川崎重工業(株)、(株)不二越、(株)安川電機(リアル実施)
内容:産業用ロボットの歴史と最新技術動向、ロボット操作実習、ショールーム見学 など

安川電機夏期講習会

(図4:夏季講習会におけるロボット操作実習風景)

CHERSIの活動に関して、初年度(2020年度)は合計で約530名の学生・教員が参加、2021年度はコロナ禍でいくつかのイベントは中止となったが約340名の学生・教員が参加したそうです。また、2022年度は動画コンテンツを4月から6月の3ヶ月で約2400名の学生・教員に視聴されています。また、2022年度下期に全国工業高等学校長協会の会員校587校の学生・教員へ動画コンテンツを配信予定とのことでした。

尾島氏は、「企業側の人的負荷も鑑みて、教育動画により広く浅く、また興味がある学生に対しては出前授業などで深く伝えていく取り組みを継続して遂行したいと思います。」と話しました。

企業のノウハウを直接学生へ発信、会員企業の想いとは

普段、企業担当者の方と会話し企画を作成している尾島氏に、これまでご紹介してきた活動を実施する企業の参画理由についてお伺いしました。

「企業の参画理由は主に二つです。一つは社会背景によるもので、幅広くロボットに興味を持つ学生を増やし、最新のロボティクスの学びを得た学生を社会へ輩出することで日本をロボット大国とするため、直接人材育成を行っています。二つ目として、将来的に優秀な学生のリクルーティングの目的もあります。」

2023年度以降はインターンシップも計画されているとのことで、学生が企業目線の考え方を得る機会がさらに増えていきます。

さいごに:10年先を見据えて、今後の展望

CHERSIでの10年先を見据えた今後の活動について、尾島氏に構想を語っていただきました。

「産業界や教育機関へのヒアリング結果、「教育方法」「教員のスキルアップ方法」「国含めた予算」などが長期テーマとしてあがっており、今後検討を予定しています。また、産学官が有するスキル共有や、アイデアや制度への展開を目指し、共創関係の構築のため、有識者や第三者、さらには経産省・文科省メンバにも参画いただく「社会実装教育研究推進委員会(仮称)(CHERSIの一組織としての位置づけ)」を設立して長期テーマを議論していきたいと思います。」

▼企業の入会についてはこちら

参考
※1:ロボットによる社会変革推進計画

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